| 1817年 |
ドライジーネ
ドイツ人のカール・フォン・ドライス男爵がハンドルを切ることのできる自転車を発明。
※安全型自転車歩行や駆け足以上の速度を人力で出す乗り物
レオナルド・ダ・ヴィンチのデッサンを基に作ったとされている自転車
この自転車は「ドライジーネ」と呼ばれ、そのほとんどが木でできており、重さは18kgほど。
前輪後輪が同径で、クランクやペダル、チェーンなどはついておらず、足で直接地面を蹴って走る仕組み。
その後、1830年代まで乗られていた。 |
| 1818年 |
ホビーホース、ダンディーホース
イギリス人のデニス・ジョンソンが、ドライジーネを改良し、特許取得。
ジョンソンの改良したドライジーネは「ホビーホース」、「ダンディーホース」と呼ばれ親しまれる。
|
| 1839年 |
イギリス人の鍛治職人カークパトリック・マクミランが、地面から足を離して乗ることのできる「後輪駆動の二
輪車」を発明。実物が1台も残っていないため、事実は未確認。
|
| 1860年 |
ミショー型自転車
フランス人のピエール・ミショーが、前輪駆動の自転車「ミショー型自転車」を発明する。
この自転車は世界初の量産自転車となり、自転車工場が企業としてはじめて認められる。
※ミショー型自転車は、現在の小児用の三輪車と同じようにペダルを前輪に直接取り付けたもの。
|
| 1866年 |
その後、ミショーのもと働いていたフランス人のピエール・ラルマンがアメリカへ渡り、自転車の特許を取得。
オリバー兄弟がピエール・ラルマンの発明に商機を感じ取り、ピエール・ミショーと組んで製造販売を始める。
(英国では「ボーンシェイカー」・日本では「がたくり」と呼ばれた。) |
| 1868年 |
日本では、からくり儀右衛門(田中久重)が、二輪車と三輪車を製造。
パリのサンクルーでは、世界初の自転車レースが開催される。
|
| 1870年 |
パリでは、史上初の自転車ショーが開催される
自転車と部品の数々が展示(パイプ、フレーム、泥除け、前輪ブレーキ、ワイヤー・スポークなどがこの頃までに発明される。)
イギリス人のレイノルドらが、のちのオーディナリー型自転車の先駆けとなる「ファントム」を製造。
この自転車はこれまでの木製自転車とは全く異なり、車輪の両面に軽量の鉄製フレームやワイヤースポークが張られ、木製車輪にソリッドゴムタイヤが釘止めされたりしていた。 |
| 1878年 |
ペニー・ファージング型自転車
イギリス人のジェームズ・スターレーらが、スピードを出すために前輪を巨大化させたペニー・ファージング型自転車を発明。
この当時は自転車レースが盛んであり、スピードを追求するために、ペニー・ファージング型自転車の前輪はどんどん拡大し、大きなものでは直径が1.5mを越えるようになった。日本にも輸出され「だるま車」と呼ばれた。これはレース用には人気があったが通常用としては乗車が困難で、安定性が悪く転倒すれば頭から落ちてしまう危険なものであった。 |
| 1879年 |
ローバー安全型自転車 ローソンによる後輪チェーン駆動車が発明され、1884年、ハンバー、マッカモン、BSAなどがチェーンで後輪を駆動しより低く長い格好となった自転車の販売をはじめる。 ジェームズ・スターレーの甥ジョン・ケンプ・スターレーが1885年に「ローバー安全型自転車(Rover Safety Bicycle)」として販売を開始する。
これは車体の中心付近にペダルとクランクをつけ、後車輪とチェーンで連結し動力を伝える現在の自転車の形であり、危険なペニー・ファージング型に対し、「セーフティ型(安全型)」と名前をつけて販売された。
この時点でペニー・ファージング型は「オーディナリー型(普通型、従来型)」と呼ばれセーフティの先進性を引き立たせるような名称とされた。このローバー安全型自転車が現在の自転車の原型とされている。
日本では、竹内寅次郎が東京府へ大型自転車の製造・販売の許可を申請していた。 |
| 1881年 |
オーディナリーの完成型
ペイリス・トーマス・オーディナリーが、より美しく、より軽く、より乗り心地が良く、より速く走る「オーディナリーの完成型」を作る。フレームは鉄製のムクではなく中空のパイプで作られ、ゴム製のペダルやラジアルスポークが採用され、大幅な軽量化が進んだ(その重さは22kg)
日本では、梶野仁之助が横浜蓬莱町で自転車製造所を開業。
イギリス人のローソンが、現在の自転車のような、ペダルに取り付けられたチェーンの駆動で後輪を回転させる自転車「ローソン3型」を発明。実際に実用されるようになるには、約5年間の歳月が費やされた。 |
| 1885年 |
ダイシクル並輪車
イギリス人のオットーがダイシクル並輪車を発表。この自転車は左右の大きな車輪の間に乗り、車輪に取り付けられたベルトを曲がりたい方向に緩めることにより、曲がりたい方向に曲がることのできるものであった。安定の良さが受けて、人気の乗り物となる。
日本では、東京で第2回内国勧業博覧会が開催され、鈴木三元、斎藤長太郎、坂口清之進によって自転車が出品された。 |
| 1892年 |
日本で、木製の国産オーディナリーが製造。
模様がつけられていた(車輪が黒漆塗り・・・など高級感あふれる和風)
|
| 1914年 |
日本でも、宮田栄助により、セーフティー型自転車が試作。
|
| 1928年 |
日本では、第一次世界大戦により、自転車・部品の輸入が激減し、国産車の量産体制化が始まる。
|
| 1956年 |
スマートレディー
当時耙沢品だった自転車の月賦販売を「スマートレディー」が開始。
当時10,000円を越える自転車は庶民にはなかなか手が届かなかった。月賦販売により女性の購買層が拡大された。 |
| 1965年 |
ミニサイクル
日本では、1本構造のフレームでできた、男女兼用のミニサイクルが発売され、乗りやすく低価格だったため非常に売れた。
|